“天才”、“スーパーエース”、“日本バスケ界の超新星”……エトセトラ、エトセトラ。
こんな風にわかりやすいキャッチコピーはきっと読者の目を引くし、興味を持ってもらえる。そして興味を持ってもらえば、試合会場へ足を運んでもらえる。それくらい、きちんと理解はしているのだ。今までだって、学生時代はもちろんプロになってからもずっとチームの看板を背負って来たし、それが仙道の役割だった。しかし、それでもさすがに“JAPAN”を背負うとなると、その重さはケタ違いなわけで。
TVの中では、今をときめく人気アイドルグループの女の子たちが笑顔を振りまきながら元気に歌って踊っている。まるで、楽しくて仕方ない、とばかりに。しかし実際のところ、目に見える部分だけでその人が本当はどう思っているかを推し量ろうなんて、無理な話だ。きっと今なら、デビュー時から “不動のセンター” として祭り上げられていたエースメンバーが、突如体調不良で活動休止してしまった気持ちがわかる気がする、なんてことをふと思った。
だから、その日もきっと仙道のそんな不安定な気持ちが滲み出てたのだろう。
「仙道、どうしたんだよ? 珍しく怖い顔してスマホなんて睨んじゃって」
「……んー、別に?」
仙道の醸し出す不穏な空気を瞬時に察した越野は、無言でスマホを奪い取った。
「あっ」
画面には、仙道が険しい顔で見つめていたスポーツニュースの特集記事が映し出されている。
ーー いざ、W杯へ! 日本の若きエース、仙道彰の可能性に迫る!
「……なんか、ちょっと疲れた」
観念したのか、うつむきながら仙道が呟く。心なしか、その声に覇気はない。
「すげぇ期待されてるのはちゃんとわかってるし、もちろんありがたいんだけど。でもいざ、こうやって色んな記事にされてるのを目にすると、どうやってコートに立ったらいいのかわかんなくなっちゃった」
ふぅ、という深いため息にのせて一気に吐き出す。
「どうしてみんな、オレなんかにジャパンを背負わせたがるんだろうね? もっとこう、桜木とか流川とか北沢くんとか……ああいうメンタルオバケ達なら喜んで請け負ってくれると思わない?」
「まぁ、確かに。あいつらのメンタルの強さは半端ないよなぁ」
言いながら、高校時代に何度も対戦した湘北高校の有名コンビの顔を思い出す。もっとも、本人たちに “コンビ” なんて言おうものなら、猛反発をくらいそうではあるが。それにしてもあの二人の、格上相手でも全く怯むことがないどころかむしろふてぶてしいほどの態度や、いくら劣勢でも絶対に諦めないという勝利への執着心は凄まじかった。越野は沢北と直接試合をしたことはないが、高校生のうちから単身アメリカへ武者修行に出ているというくらいなのだから、彼も並のメンタルの持ち主ではないことは確かだろう。
「でも、オレはお前のそういうヘナチョコなとこも結構好きだぜ?」
「ヘナチョコって……」
困ったように笑う仙道を見て「その笑い方もヘナチョコだよな」と一蹴し、続ける。
「だってさ、考えてもみろよ。日本代表の選手全員があいつらみたいに “ガンガンいこーぜ” のコマンドしかなかったら怖すぎねぇ?」
「確かに、それはちょっと嫌かも」
「だろ? だからいいんだよ、お前はお前で。実際、桜木と流川なんか、高1の頃から飽きもせずにずーーーっと “センドーはオレが倒す!” ってお前の背中追いかけてんじゃん。それだけの才能と魅力がお前にあるからだろ? 最高じゃん」
ーーお前はお前でいいんだ。
その言葉に、心がふわりと軽くなったのが自分でもわかった。いつだってまっすぐで嘘がない越野に、今までもどれだけ救われてきたのだろう。
「それに俺は、W杯の舞台で日本のエースとして戦う仙道彰が早く見たくてたまらないね! で、世界のイカつい猛者どもをバッタバッタとなぎ倒してほしい!」
「越野」
ありがとう、と先ほどより随分軽くなった声で仙道が言うと、今度は越野が難しそうな顔をして「でもお前、やっぱ疲れてると思うよ」とつぶやいた。そして、おもむろに仙道のスマホを操作し始める。
「ーーあ、もしもし。はじめまして。僕、仙道の同居人で越野と申します。いつも仙道がお世話になっております」
「え? なに?」
仙道が呆気にとられるも、越野はどんどん電話の相手と話を進めて行く。
「あの、仙道がちょっとだけ参ってるようなのでお休み頂きたいんですけれども。はい、3日? はい、ありがとうございます。その間、何かありましたら僕の方にご連絡ください。電話番号は……はい。よろしくお願いします」
そして、ニヤリと笑って「休み、取れたぜ」と言いながら仙道にスマホを返した。
「越野って意外とめちゃくちゃだよね……」
「まぁ、こういうのは思い切りが大事だからさ。さ、どこ行くか考えよーぜ? やっぱ、のんびり釣りか? TVで観たけど、伊豆七島とかめっちゃ魚釣れるらしいじゃん。よし、決めた。島行こーぜ。温泉もあるし」
「ハハハ、なぐさめ方が強引だよなぁ、越野は」
「てか、そもそも俺が急に3日も休み取れんのか? ちょっと上司に相談してくるわ」
結局、越野は自分にとっての北極星なのだ、と思う。
時に迷っても、時に立ち止まっても、 自分の行く先をいつでも明るく指し示してくれる道しるべのような存在。越野がいてくれたから、ここまで自分の行くべき道を見定めて来られた。
大丈夫、間違っていない、お前はそれでいいのだ、と。
窓ガラスの向こうでは、ベランダで会社の上司と電話していた越野がこちらを見ながら笑顔でVサインを作っている。おそらく、3日間の有給申請が通ったのだろう。越野の日頃の行いの良さもあるのだろうけれど、寛大な上司に感謝だ。
きっとこれから先もずっと、その光を頼りに前へ進むことができる。
いつか自分もそんな越野を照らせるような存在になりたい。まるで作戦会議をする子どものようにキラキラした目で、「よっしゃ、宿探すぞ! 仙道は船の予約!」とはしゃぐ越野を見ながら、そんなことを思った。
< to be continued…> ▶︎ 越野sideに続く