仙道と付き合うことになった、と三井から報告を受けたときは、何食わぬ顔で「そうですか、よかったっすね」と答えたものの、内心は What? と Why? でいっぱいだったことを今でもよく覚えている。そして、三井サンってこんな幸せそうな顔で笑うんだな、と思ったことも。
宮城は三井と仙道にとって、その関係を知る上に気が置けないという貴重な存在であるのか、社会人になってからも定期的に三人で飲む機会が多かった。
「三井さん仕事で遅れるみたいだから、先に飲み物頼んじゃう? オレはビールだけど」
宮城は? と、高校時代と何ら違わぬ人当たりのいい笑顔を向ける仙道に「オレもそれで」と頷きながら答える。当時は県の強豪校同士で幾度となく試合をしたり国体ではチームメイトとして戦ったりしたことがあるとはいえ、今や日本代表としても活躍している仙道とこの歳になってまでジョッキを交わす仲になるとは思わなかった。そして自分がこの場に呼ばれるということは、三井と仙道の仲が至って良好であるという証拠でもある。
「で? 三井サンとはどうなの? うまくやってる?」
「まぁ、おかげさまでぼちぼちやってるよ」
ちょうどそのタイミングで運ばれて来たジョッキを互いにカチン、と当ててから、よく冷えたビールを一気に流し込む。
「本当に大丈夫? あの人、意外と面倒くさかったりポンコツでオレ様なところない?」
「ハハハ、たしかにコノヤロー! ってなるときも、なくはないかな?」
含みをもたせたような仙道の返事に、高校時代の三井とのアレコレーーもちろん彼がグレていた頃のーーを思い出す。それはもう、コノヤロー! どころの騒ぎではなかった。この際、自分のことは思い切り棚に上げておくことにしよう。
「……はっきり言っていいよ?」
「んー、そうだなぁ。人の話ちゃんと聞けっていう割に自分は話聞いてないこと多いし、勝手に人の携帯見るし、ちょっと貸してって言ったままオレのボディバッグ全然返してくれないし……」
ーーあぁ、わかる。なんか、そんな感じがする。すごくする。
仙道の口から次々と繰り出される三井のダメっぷりに、宮城は思わず吹き出した。今頃急いでこっちに向かっている三井は、まさかこんな風に自分の醜態を暴露されているなんて思ってもいないだろう。
「この間なんて酔っ払って帰って来たと思ったらそのまま玄関で寝ちゃうし、オレが楽しみにしてたコンビニのプリン勝手に食べちゃうし。けど」
そこまで一気に言うと、仙道はふっと笑った。その穏やかな表情にふと、「仙道と付き合うことになった」と言った時の三井が重なる。
「そういうコノヤロー! っていう所も全部ひっくるめての三井さんだから。好きになったら、そういうのさえ愛おしいっていうかなんというか」
まぁ、オレも怒るけどねーーと全然困ってないくせに、困ったように笑う仙道を見ながら、宮城は以前職場の飲み会で同僚の女性社員から聞いた話を思い出した。
「あーあれ、仙道さ、聞いたことある? 恋と愛の違いってやつ」
「知らない。何が違うの?」
「恋は相手の長所を認めることで、愛は相手の短所を認めること、だって」
「へー、なるほどね」
感心したように仙道が目を見開いたのと、そのまま目線を上げた宮城が「あ」と呟いたのはほぼ同時だった。それを見た仙道も後ろを振り向く。そして、すぐそこに立つ三井を見つけて「三井さん、お疲れ様です」と嬉しそうに笑った。
「おお。なんか、楽しそうじゃねーか。何話してたんだよ?」
「え? 三井サンの、あんなことやこんなこと?」
相変わらず仲良しだなー、と仙道はビールを飲みながら楽しそうに笑う。
「宮城テメェ、仙道にいらんこと言ってねーだろうな?」
「だって三井サン、いらんとこしかないじゃないっすか」
「クッソ生意気だな、少しは仙道を見習え!」
言いつつ、三井はジャケットを脱いで仙道の隣に腰掛けた。
「ハハハ、三井さんのいらんとこも好きですって話をね、してたんですよ」
その言葉に気分を良くしたらしい三井は「聞いたか?」と、宮城に向かってフフンと勝ち誇った顔をする。
「いやそれ、ドヤるとこじゃないでしょ、絶対」
呆れつつ、店員を呼んでビールの追加を頼んだ。
そして「三井さん、何食べます?」と、肩を寄せ合い仲良くメニューを眺める二人を目の前にして、変わらず幸せそうな笑顔を浮かべる三井に安心する。結局、いくつになっても危なっかしくて人誑しなこの先輩のことが自分も心配で仕方がないのだ。
その時ふと、無性に彩子に会いたいと思った。友人の結婚式の帰りに恋人に会いたくなるのと同じかもしれない。幸せそうな二人を見ると、自分も好きな人が恋しくなるものだ。
店を出たらすぐに連絡しよう、と心に決めた。目の前では、優柔不断な二人が未だにメニューを見ながら「鶏の唐揚げにしようか、軟骨揚げもいいよな」なんて言い合っている。そんなに悩むなら二つとも頼めばいいのに。宮城はジョッキを片手に持ちながら、思わず声を出して「ははっ」と笑った。
<fin.>