くだらないの中に《流三》

 その一大ニュースが列島を駆け抜けたのは、何の前触れもなく、あまりに唐突だった。
 どの週刊誌やワイドショーも事前にすっぱ抜くことはできず、彼が所属するバスケチームのサイトと滅多に更新されることのない彼自身のSNSでの報告で、その事実を知ることとなる。

「バスケットボール日本代表 流川楓選手が結婚 〜お相手は高校の先輩!

 5月某日、流川楓選手の所属チームのサイトで、流川選手の結婚が報告されました。お相手は一般の方のため、プロフィール公開は差し控えたいとして、お相手の取材活動も控えるようコメントしています。

 流川選手は自身のSNSで『かねてよりお付き合いをしてまいりました方と入籍致しましたので、ご報告させていただきます。』と結婚をファンに報告。
 お相手については『高校の先輩で、今年の夏で12年の付き合いになります。尊敬しているとともに、心から信頼できる方です。』とまさかの“12年愛”を告白し、『いつも温かい応援をありがとうございます。まだまだ未熟者ではありますが、どうか皆様には温かい目で見守っていただけると幸いです。』と感謝とともに呼びかけた。

 なお、本場NBAでも活躍していたその実力と端正なルックスで老若男女を魅了している流川選手の結婚に、ネット上では祝福と悲鳴が入り乱れています。」

“流川ロスなので、明日は会社休みます。”

“前世でどれだけ徳を積んだら、流川くんと12年の真剣交際を経て結婚までできるの? 少女漫画展開すぎて震えてる。誰か教えて。”

“今までよく隠し通したな! 私が流川選手と結婚前提で付き合ってたら、途中で我慢できなくなって絶対に匂わせちゃう! 結婚おめでとうございます!”

「……とか言われてるけど、どうなの?」

 三井は、先ほど宮城からかかってきた電話をうっかり取ってしまったことを心から後悔した。顔は見えないながらも、電話先でニヤニヤと笑っている生意気な後輩の様子が簡単に目に浮かぶ。
「お相手は、一般人という名のプロ彼女なんじゃないかって噂されてますけど? 三井サンっていつからプロ彼女になったの?」
「うっせぇよ」
「まぁそう言わずに。流川が“高校時代の先輩”なんていうもんだから、俺んトコにも相手は誰なんだっていうLINEが大量に来るんですよ? それを上手に躱してあげてるんだから、少しは感謝したってバチは当たらないんじゃない?」
「へーへー ありがとうございます、っと」
 声からして、もはや不機嫌さを隠そうともしない三井に、宮城はたまらず苦笑しながら問いかけた。
「ところで、なんでまたこのタイミングだったんですか? 何かきっかけでも?」
「……流川の首筋ってさ、パンの匂いがするんだよ」
「ーーーーは?」
 意味がわからない、というような宮城にかまわず、続ける。
「それをすごいなぁって二人で讃えあったことがあったの。なんか、そういうくだらないことの中に愛があるんじゃねぇかって気付いちゃったんだよなぁ」
 お前にはまだわからないかもしれねぇけどな。
 照れ隠しなのか、そう言って笑う三井の声は、いつのまにか弾んでいた。

「ミヤギ先輩、なんだって?」
 三井が電話を切ったのと、流川が風呂から上がってきたのは同じタイミングだった。どうやら、思った以上に長く宮城と話していたらしい。
「んーー、結婚おめでとうゴザイマスってさ。それより、お前のコメントのせいで俺がプロ彼女扱いされてんじゃねーか! どうしてくれんだよ?」
「は? プロ彼女?」

 初めて聞く単語に、なんのことやらと思考を巡らせる流川の頭を、バスタオルの上からガシガシと撫で回す。

 決して順風満帆だったわけではない。
 互いに泣かせあい、心が割れる音を何度も聴きあった。つけた傷は一つや二つのそれではなく、別れようとしたことも、実際に離れたことだってあった。

 だけど。それでも。

 自分たちに横たわる、今までの拙いそれら全てを愛や恋などと呼んでいいのか、それは自身にはわからない。しかし今この瞬間、ただ一つだけ確かなのは、目の前で相変わらず不思議そうに首をかしげているこの男を愛しいと思っていることだ。幸せというのはもしかしたら、その向こう側に転がっているものなのかもしれない。

 くだらないの中に愛が 人は笑うように生きる

<fin.>