本音と建前《流洋》

 自分の身を挺してでも守ることを厭わない唯一無二の親友があからさまにライバル視している、才能豊かで美しい男。

 自分のことをあからさまにライバル視してくるチームメイトの側にいつも寄り添う、穏やかで強い男。

 どちらが先にその視線を向けたのか、どちらが先に声をかけたのか。
 もしかしたら同時だったのかもしれない。そんなことは今となってはもうわからない。
 それでも間違いなく今この瞬間、その愛しい男は自分の横で無防備な姿を晒して眠っている。

 こちらの気持ちなんて、これっぽっちも気づかないままで。

【Side:M】

 いつからか、その姿を追うことに夢中になっていた。

 高校に入学して、それまで縁のなかった体育館に足繁く通うようになったきっかけは、親友である桜木の応援兼冷やかしのためだった。
 それなのに、日を追うごとに水戸の視線は流川に奪われていった。素人目にもわかる、圧倒的な存在感。それはインターハイを決めた後にさらに顕著になり、流川の目にはバスケしか映っていないのだということは水戸にもよくわかった。それをどこか寂しいと思った自分。そして、あの男が欲しいのだと思ってしまった自分に気づかないフリはできなかった。

 ーー魔が差した、とでもいうのかもしれない。

 新学期が始まり、暑さも少し和らいだ頃のバイト帰り、自宅に戻る途中の道すがらで同じく部活帰りであろう流川を見つけた。
「よぉ流川、お疲れ」
「水戸……」
 自転車を止め、驚いたように流川の目が見開く。水戸は水戸で、流川が自分とその名前を認識していたことに驚いた。そしてその事実が、水戸をさらに大胆にさせる。
「部活帰り? なぁお前、このあと時間ある?」
 ーーちょっとウチに来ねぇ? 親、どうせいないし。
 水戸はそう言って上目遣いで流川を見ると、妖しい笑みを浮かべた。

 そこからはもう、なし崩しだった。無言で水戸のアパートの中に入るなり、互いの唇を貪るように口付ける。
「……んっ……ぅ、ん…」
 身体の奥から漏れ出る声が止められない。それどころか、熱はどんどん高まっていき、互いの気持ちいいところを見つけようと、手が指が舌が、全身を這いずり回る。
 ーー疼く、と水戸は思った。いや、ずっと疼いていたのだ。先ほど流川を誘った時から。もっと言えば、流川だけを視線で追い続けていたあの時から。たまらない、たまらない、たまらないーー水戸は自分の中に、流川を迎え入れたくてたまらなかった。
「なぁ、挿れたい」
 そう言って、水戸は自分の履いていたスラックスを脱ぎ捨てると流川の上に跨った。そして、流川の返事も聞かずにそのまま自分で流川の先を支え、一気に腰を落とす。
「……あっ」
「……ッ……は、きつ……ッ」
 でも身持ちいい、と流川は熱いため息とともにそう呟くと、水戸の腰を掴んで一気に下から突き上げた。
「あ、あッ……いきなり……おま……え…ッ」
「きもちいい……みと……っ」
「あぁ…っ、オレも、きもち、い……流川のが、中で、うねってる……」

 やばい、流川のきもちいい、と水戸は喘いだ。
 流川はそのまま上半身を起こし、自分の上に跨って腰を振る水戸を抱きしめた。突き上げるスピードを速めながら耳朶を舐めてやると、水戸がいやらしく腰をくねらせる。

「るかわッ……ダメだ、イク……もう…ッ」
「イイよ、もう……イケよ」
「あ、あっ……あァ…ッ! んんッ」
「――ッ」

 二人で同時に果てた後も、どちらからともなく二度目が始まった。
 そして、今日まで数えるのがバカらしくなるくらい、何度も二人は求め合った。水戸が練習を見に行き、なんとなく目が合ってどちらかが頷くと「今日はする」という暗黙の了解。流川がなぜ自分を求めるのかはわからない。それでも自分はやはり、あの男が欲しいのだ。たとえそこに愛がなかったとしても。

 セックスをしている時だけは、流川が自分を愛してくれているんじゃないかと錯覚できる。
 だから今は、これでいい。 

 流川が恋愛に興味がないことなんて、百も承知。負ける喧嘩はしない主義だ。
 だから、今日も自分の気持ちを隠していつものように流川に抱かれた。水戸は、流川に後ろから突かれるのが好きだった。身体が繋がったまま後ろを振り向くと、流川は必ず口付けてくれる。まるで、恋人同士がするみたいに。
 隣で眠る流川に「好きだ」と伝えられる日は来るのだろうか。こんな曖昧な関係が、永遠に続くはずもないのに。寝たふりをしながら、そんなことをふと考えた。

【Side:R】

 その視線を、自分だけに向けて欲しいと思った。

 はじめは「どあほうの仲間」という認識しかなかった。なぜか自分に突っかかってくる桜木の隣で、いつも穏やかに笑っていた男。それが変わったのは、間違いなく三井の体育館襲撃事件がきっかけだった。バスケ部活動停止、下手すれば廃部の危機だったところを鮮やかに救ってみせた、謂わばバスケ部の救世主のような存在。
 ただの不良でないことを、その時に知った。同時に、水戸がどんな男なのかに興味を持った。しかしそう思えば思うほど、水戸の視線が桜木にしか向いていないことに腹が立った。不特定多数の周りの女たちは、やめてくれと思っていても流川のことをジロジロ見てくるというのに。こんな気持ち、今まで知らなかった。それでももう、知らなかった頃の自分に戻ることはできなかった。

 そして、バイト帰りの水戸に偶然でも会えたらいいななんて思いながら、ゆっくりと自転車を走らせていたあの日。自分の前に本当に水戸が現れて思わず目を見開いた。水戸を釣ったのか、自分が釣られたのか、本当のところはわからない。
 そのまま転げ落ちるかのように幾度も互いを求め合う。今日も練習帰り、流川は水戸の部屋にいた。蕩けるようなような甘い声、熱い吐息。静かで暗い部屋に、背徳に満ちた音と匂いが充満する。

 流川はジャージを下ろされ、その昂ったモノを水戸に咥えられた。水戸はチロチロと先の方を舌で舐めながら、優しく手でしごいていく。
 堪えきれずに流川がーーふっと息を漏らすと、水戸は嬉しそうにニヤリと笑って見せびらかすように大きな口を開けてそれを含んだ。そして、わざとグチュグチュという卑猥な音を立てながらむしゃぶりつく。
「……あんた、エロすぎ」
 すると水戸は、流川のモノを離さずに「それはどうも」と淫らに笑った。
「このまま口の中でイケよ。飲んでやるから」
「おいっ……!」
 水戸はほら、こんなに大きくなってる……と言いながら、流川に見せつけるように先っぽをペロリと舐めた。そして上唇と下唇で圧をかけながら、両手で一気に追い詰めるようにしごいていく。
「あ、みと、やば……俺……」
「ふ……んっ……」
「……あ、……――」
 流川が思わず喘ぐと、腰が一瞬ビクンーーと震えた。無意識に水戸の頭を押さえつけ、口の中に思いの丈を一気に吐き出す。
 ゴクリ、と水戸が精液を飲み込んだのを見届けると、あまりに淫靡なその表情に思わず息を飲んだ。そして身体の奥からふつふつと湧き上がる欲望を抑えることはできず、本能のまま水戸をベッドに押し倒す。
「なに? 出してやったばっかなのに、もう我慢できねぇの?」
 水戸はそう言って満足げに笑うと、再び勃ち上がろうとしている流川のモノに手をかけた。

 初めてセックスをした日から、何回ヤッているかなんて今はもう数えてもいない。水戸が練習を見に来て、なんとなく目が合ってどちらかが頷けば「今日は水戸の部屋に行く」という合図。水戸がなぜ自分を求めるのかはわからない。もしかしたら、桜木の代わりとでも思っているのかもしれない。たとえそうだとしても、あの視線を自分の方に向けて欲しいと思ってしまうのだ。

 セックスをしている時だけは、水戸の視線を独り占めできる。
 だから今は、これでいい。

 水戸が桜木を大切に想っていることなんて、百も承知。負け試合はまっぴらだ。
 だから、今日も自分の気持ちを隠していつものように水戸を抱いた。流川は、水戸を後ろから突くのが好きだった。後ろから突くと水戸は必ずこちらを振り向き、キスをねだるような表情をする。まるで、恋人同士がするみたいに。
 隣で眠る水戸に「好きだ」と伝えられる日は来るのだろうか。こんな曖昧な関係が永遠に続くはずもないのに。寝たふりをしながら、そんなことをふと考えた。

<fin.>