時計の針が日付を越えようとする頃、玄関からバタンと大きな音が聞こえた。
引きずるような重い足音から察するに、きっとあの人は浮かない顔をして入ってくる。流し見していたテレビから目を逸らして入口の方に視線を移すと、ドアの前で一旦足音が止まった。
そして、大きな深呼吸をひとつ。
「ただいま」
そう言ってリビングに入ってきた三井さんは、明らかに元気がないのに必死で貼り付けたような笑顔を浮かべていた。何年あなたと一緒にいると思ってるんですか、そんな下手くそな演技に騙されるわけないでしょう? 思わずそう言ってやりたいけれど、こんな時でも三井さんは俺に心配をかけまいと取り繕う。付き合ってすぐの頃から、一緒に暮らすようになった今もなお。それが俺に対する愛情なのだということは、十分に理解している。だから、そのまま騙されてやるのが俺の愛情だ。
「おかえりなさい。今日は随分と遅かったですね」
「仕事がちょっとバタついてて。なぁ、こんな時間に悪りぃんだけど、何か軽く食えるものある?」
「んーそうだな。簡単にうどんでもいいですか?」
「サンキュ」
そう言って着替えを始めた三井さんは、俺から視線を外した瞬間に表情がなくなってしまった。なるほど、今日はなかなか重いやつだ。冷凍うどんをだし汁やしょうゆと一緒に煮てからそのままかき玉にして箸と一緒に目の前に出してやる。ちょうど着替えを終えた三井さんは、両手を合わせてから「いただきます」と言って、うどんをすすり始めた。
「うまいな、かき玉うどん。めっちゃ沁みる。今日イチうまいわ」
「それは良かった」
その言葉に、一応昼飯は食べたんだなと少しだけホッとする。しかしいつもの三井さんと比べたら明らかに口数が少ない。そこまで彼を追い詰めた原因は何なのか気になったが、仕事についてとやかくいうのは気がひけるので、それをぐっと飲み込んだ。
「ごちそうさま。……なぁ仙道、あっちでちょっと充電してもいい?」
「お安い御用です」
そう言ってリビングのソファに腰掛けると、真正面から三井さんが抱きついてきた。そのまま甘えるように俺の肩に頭をぐりぐりと押し当ててきたので、ぎゅっと強く抱きしめ返す。すると、三井さんは吐き出す息にのせてしみじみと呟いた。
「こんな時、一人だったらしんどいな」
「一人暮らししてたじゃないですか」
「してたけど、もう無理。戻れない」
そう言ってからフーッと吐く息は、帰宅したよりだいぶ緩やかで力も抜けている。
「三井さんが望むなら、俺はあなたとずっと一緒にいますよ」
多少強がったとしても、弱いところをこんな風に昔よりも随分とさらけ出してくれるようになった。そんな彼がたまらなく愛おしくて、優しく頭を撫でる。
「何も聞かないでくれてありがとな」
「三井さんが言いたいことだけ、言ってくれればそれでいいです」
そう言って、するりと唇を重ねた。
「ずっと仙道と一緒にいたい」
「それこそ、お安い御用です」
その言葉に迷わず頷き、お互いに顔を合わせてふふふと笑うと、どちらからともなくもう一度口付けた。
<fin.>