ベストアンサー《流三》

 完全に興味本位だった。

 ドラマでよくある「私と仕事、どっちが大事なの?」なんていう、ごくありふれた、くだらない質問。もし、自分が付き合っている彼女にそんな質問をされたら「めんどくせぇな」としか思わないし、実際に言われたこともあった。あぁ、でもその時は「私とバスケ、どっちが大事なの?」だったか。「そんなもん、バスケに決まってんだろ」と言い返したいのをぐっと堪えて「どっちも大事に決まってるだろ」と答えたら、「もういい。三井くんは私の気持ちがわかってない」と泣かれた挙句に振られたっけ。なんなんだ? やはり嘘も方便で「お前の方が大事に決まってるじゃないか」とでも言ってやればよかったのか。それに、仮にそれでその場を切り抜けたとしても「それなら部活を辞めて私を選んで」なんて言われでもしたら、たまったもんじゃない。当時中学生だった自分は、ただただ途方に暮れていたのを覚えている。
 しかしその数年後、何の気なしに観ていたバラエティ番組で、あの手の質問に対するベストアンサーが「そんな質問をさせて、ごめんね」だということを知り、目から鱗が落ちた。どんな女性も仕事や部活と自分を同じ次元で比べるのはおかしなことだと理解している。決して優先順位をつけてほしいのではない。相手は本当に自分と仕事や部活どちらを大切に思っているのかを聞きたいわけではなく、「今の私の寂しい気持ちをわかってほしい」のである。
 そんなこともあり、次に答える時は二度と同じヘマはするまいーーと決意したものの、未だにその“次”は来ていない。むしろ自分がそんな“質問をする側”になるとは思ってもいなかった。
 高校生にバスケを教えている自分と、NBA挑戦後に帰国して未だ国内リーグのトップ選手として活躍している流川。その状況に何ら不満はないし、紆余曲折を経て二人で暮らす今、“寂しい”と感じることもない。しかし、どうしても気になってしまったのだ。

 きっかけは、先日、仕事帰りに宮城と二人で飲んだ時のことだった。
「そういえば三井サン、あぁいうの聞いたことあるんすか?」
「あぁいうの?」
 ゴクリ、と生ビールに喉を鳴らしながら宮城が尋ねる。
「“私とバスケ、どっちが大事なの?”的なやつ」
「ない」
「即答っすね」
 彩子はそんなこと言い出すタイプじゃなさそうだよなーーなんて、今は宮城の妻である美人マネージャーの顔を思い浮かべた。
「いや、だってそんなもん、明らかにバスケだろ」
「そうですかね?」
「そもそも、バスケより俺が大事なんていう流川は流川じゃない」
「あぁーーなるほど」
 そう言って納得したように頷きながらも「俺なら、確実に仕事より彩チャンですけどねぇー」と笑う宮城の顔が、やけに印象的だった。

 そんなこともあって、今日も変わらず三井の目の前で黙々と夕食の肉を口に運ぶ流川を見ていたら、ふとあの時の宮城の幸せそうな笑顔が頭によぎった。
 流川なら、なんて答えるのだろう?
「なぁ」
 そう思ったら、考える間もなくするりと自然に言葉が溢れた。
「完全に興味本位の質問なんだけど」
「ハイ」
 流川は肉を運ぶ手を止め、唐突にそう切り出した三井を不思議そうに眺める。
「俺とバスケ、どっちが大事?」
「先輩とバスケ?」
 一瞬考える素振りを見せたものの、やはり不思議そうに、しかし「当たり前だろ」という声色で流川は答える。
「先輩とバスケしてるのがイチバン大事」
「あぁーー……正解」
 流川に「そんな質問させて、ごめんね」なんて返せるほどの技量はないし、そもそも二択を二択で答えないところも流川が流川である所以である。

 でもきっと、今の自分たちにとってはこれがベストアンサーだ。
 

<fin.>