「これ、なんかお前に似てるよな」と言って三井が露店で買ってきたのは、縁日でよく見られる狐の面だった。何より今年は社会現象にもなった鬼殺隊のアニメの影響もあってか、お面屋の周りには例年以上のお客が群がり、飛ぶように売れているらしい。
お揃いの狐の面を頭の横につけ、カランコロンと下駄の音を響かせながらのんびりと屋台の並ぶ大通りを歩く。「俺、射的めっちゃうまいんだぜ」「ヨーヨー釣りで勝負しようや」「あ、たこ焼き食いたい」「たこ焼きなら僕が作った方が絶対うまいわ」なんて言い合いながら。
あらかた縁日を楽しみ尽くしたところで、土屋がふと「こっち」と、りんご飴を咥えている三井の手を引っ張った。
神社へと続くその脇道には民家もなく、途端に静けさと暗さが増した。まるで、今までの賑やかさが嘘のような。大通りの喧騒がやけに遠くに聞こえる。
「……何? どうしたんだよ? 歩き疲れた?」
暗闇の中でも、おもちゃみたいなりんご飴の赤だけは、どうしてかはっきりと見える。そして、三井の口から出し入れされるそれに、なぜかたまらない気持ちになった。
土屋の口から自然と「好きや」という言葉が零れ落ちる。
付き合い始めたきっかけも、土屋からだった。
練習終わりの帰り道に「三井くんが好きや」と伝えたら「そっか」と返ってきて、「付き合うてください」と言えば「いいよ」と言われて今に至る。それになんら不満はない。自分の気持ちを受け止めてくれて、こうやって休日の夜に一緒にいられる。それで十分なはずなのに。
それでも、もっと、もっと、と思ってしまうのは惚れた欲目なのだろうか。そして、できるのであれば、きみの本心が知りたい。「そっか」じゃなくて、できればもっとちゃんとした言葉が欲しい。
「なぁ、三井くん」
うっかり漏れ出た土屋の一言とその視線から逃れるかのように、三井は空いている方の手で狐の面を被ってしまった。
月明かりに照れされて、妖しさが増したその面からは三井のほんのり赤く染まった耳だけが見えていた。
「……ちゃんと、顔みして?」
その面に手を伸ばすも、三井の手が頑なにそれを押さえつける。
「無理」
「なんで?」
「俺、今絶対変な顔してる……」
土屋はそっと顔を近づけ、その赤い耳のそばでわざと囁いてみた。
「なぁ、見たい……三井くんの顔、見して?」
三井の身体がびくんと跳ねたかと思うと、右手で持っていたりんご飴がぽとりと地面に落ちる。同時に面を押さえる左手も力が抜けるのを感じて、土屋はそれをそっとずらした。
目の前には、さっきまで口にしていたりんご飴のように頬を赤く染めた三井の顔。こんな三井が見られるのは自分だけなのかもしれない。そう思ったら、感情が一気に溢れ出した。
「好きや」
最初に告白した時と同じように三井の目を見つめ、そう告げた。
「……俺も、お前が好きだよ」
今度は「そっか」とは言われなかった。
照れ臭そうに優しく笑うその姿を、たまらなく愛おしく思う。
大通りの人混みから見られないように、狐の面で隠しながら三井のその赤い頬にそっと口付けた。唇で触れただけの頬は驚くほど熱い。いや、熱いのはひょっとして自分の方なのか。
チュッ、というリップ音を立てて名残惜しそうに離れていく土屋の唇を三井が人差し指で優しくなぞる。
「……ズレてんぞ」
その一言に、何が? と返そうとした土屋の唇が塞がれた。
ーー三井の唇で。
ここがいくら暗がりの脇道で人通りがほとんどないとしても、もしかしたら大通りから見えるかもしれない。これだけの人出なのだから、知り合いもいるかもしれない。狐面で隠していたって、見る人が見れば土屋と三井だとわかるかもしれない。
それなのに。
唇に触れたその熱が、頬に触れた少し汗ばんだ手のひらが、鼻先を擽るほんのりと甘いりんご飴の香りが、一気に土屋の思考を奪っていく。
すぐに離れようとした三井の身体を、狐面を投げ捨てたその手で強引に引き寄せ、今度は土屋から口付けた。先ほどよりも深く、長く、どこにも逃がさないように。
「……ッツ」
開いた唇の隙間に舌を滑り込ませると、かすかに香っていた甘い匂いがより濃厚に感じた。
「つ、ちや……っ」
その声を聞いてもっと繋がりたいと腰を掴もうとするが、慣れない浴衣の帯に邪魔される。その隙に、三井は土屋の胸をぐいっと押しのけた。
「……お前なぁ、こんな所でがっつくなよ」
「ん、ごちそーさん」
うまかったで、と言いながら薄く笑う土屋を見て、三井は思わず狐面を横にずらした。
自分の頬も、きっと赤いに違いない。土屋はそれを誤魔化すように、ひとつ大きく伸びをした。
「なぁ三井くん、手ぇ繋いでもえぇ?」
「……ちょっとだけやで」
三井の下手くそな関西弁に、二人で顔を見合わせてふふふと笑う。
夜空に浮かぶまん丸のお月様だけが、そんな二人を見ていた。月明かりに照らされた二つの影が一つに重なり、まっすぐ伸びていく。
夜はまだ、終わりそうにない。
<fin.>