3年生の外体育、教室移動、学食で昼食をとっているとき。あの人の姿は、自分が意識しなくとも自然と目に入ってくる。
だから今日も、体育館へ行く途中の渡り廊下でその後ろ姿を目にした時「先輩」と声をかけようとしたのを既のところで踏みとどまったのは、傍で見知らぬ女子生徒が三井に手紙を渡していたからだった。
ーー告白、されてるんだな。
流川とて、無駄にそう何度も告白されているわけではない。三井と彼女の周りからは、なんとなく普段自分が告白を受ける時の「そういう雰囲気」が出ている気がする。
不良グループのリーダー格だった三井が涙の復活劇を遂げ、加えて彼が戻ったバスケ部が創部以来初のIH出場を決めたというわかりやすいサクセスストーリーは学校中の話題をさらった。そして髪を切って真剣に部活に打ち込む三井の姿は、不良時代とのギャップも相まって女子生徒の人気もうなぎ上りの状態である。実際、体育館にも三井目当てのギャラリーがかなり増えた。流川はそれを見るたび、さっさと三井を自分のものにしておいてよかったと心から思う。どこの誰かともわからないヤツにかっさらわれでもしたら、たまったもんじゃない。それでもいざ、こういう現場に出くわすとなると、心中穏やかではいられないわけで。
「先輩」
流川は彼女がいなくなるのを見計って、体育館の方へ歩き出した三井に後ろから声をかけるとそのまま横に並んだ。
「おぉ、流川。お前も体育館行くとこか?」
頷きながら、三井の右手にある手紙を一瞥する。
「先輩、また告白されたの? 多すぎじゃない? 新学期入って何人目?」
「はい、出たー! お前にだけは言われたくないね!」
「オレはそもそも受け取らねー」
それはそれでどうかと思うぞ、と本気のトーンで返しながら、三井は丁寧に封を開けた。
「うわ、めっちゃ字きれいじゃん。『真剣にバスケットボールに打ち込む三井先輩の強さと先輩が放つシュートの美しさを知ってから、その姿を忘れられません。』」
好きですーー。その後は声に出さずに一読し、再び手紙を丁寧に封筒の中に戻すと仏頂面で前を向く流川の顔をニヤリと笑いながら覗き込んだ。
「……だってよ? 流川」
流川は何も言わず、そのままスタスタと階段を降りていく。
「流川クンは、こんな風に言ってくれたことありませんねー?」
いたずらっぽくそう言うと、流川は急にその場に立ち止まった。そして、怪訝そうにこちらを伺う三井の目をじっと見つめる。
ーーオレの方が。
「……オレの方が」
ーー先輩の強さも、美しさも、その制服の下に隠れた姿だって。
「……オレの方が、知ってる」
言うや否や、目の前の唇を前触れもなく強引にふさいだ。そのまま舌を絡め取り、懸命に声を堪える三井をあざ笑うかのように、深く深く追い込んでいく。
「あ……ッ!」
階段の踊り場の壁と流川に挟まれた三井の体が、突然始まったその行為にびくんと震えた。それに気をよくしたのかわざと、ジュル、と音を立てながらその唇を味わう。防戦一方だった三井だが、ふと我に返ると「やめろ」とばかりに両手で目の前の胸を押し戻した。流川が名残惜しそうに唇を離せば、「何考えてんだ!?」と思い切り怒鳴りつけた。
「バッカ! お前、ダメだろ、学校でこんな……」
「……学校じゃなかったらいいの?」
「バーカ! バカバカバーカ! ほんとにお前は、バーーーーーカ!」
小さな嫉妬は、恋のスパイス。
まるで小学生男子のように顔を真っ赤にして「バーカ」を連発する三井を見ながら、流川は得意げにフフンと鼻を鳴らした。