シアワセになりましょう《流三》

「なぁ、お前もヘコんだり絶望したりすることとかってあんの?」
 柔らかい日差しが窓から流れ込む午前7時。昨夜の情事の跡がまだ色濃く残るベッドの上で、三井は隣に横たわる恋人の黒髪を優しく撫でながらそう尋ねた。
「なに? いきなり。先輩なんかヘコんでるの?」
「いや、別に……なんとなく?」
 三井は昔から嘘をつくのが下手だ。
 “なんとなく”、そんなことを聞いてくるタイプではないし、そもそも昨夜のセックスの様子からして「何かあったんだろうな」とは思っていた。そして、その原因も“なんとなく”だが予想はつく。こっちはアンタと何年一緒にいると思ってるんだ。
「ーー先輩、意外とセンシティブだから」
「アァ? なんだよそれ?」
 センシティブ。繊細な。傷つきやすい。
 馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。聞きなれない単語に過剰に反応した三井をスルーして、流川は続けた。
「……で、さっきの答えだけど」

ーー絶望してる暇があったら、うまいもん食ってさっさと寝る。

 何年か前に流行ったドラマの主人公が、そういえばこんなセリフを言っていたっけ。そうだよな、流川もこういうタイプだよな。
「だよな。なんか、変なこと聞いちゃって悪り……」
「先輩は」
 三井がヘラリ、と形相を崩したのと同時に、流川は言葉を重ねる。別に誤魔化す必要なんてない、とでもいうかのように。
「人の痛みを自分の痛みみたいに受け取りがちだから。良くも悪くも」
 共感性が高いことは決して悪いことではない。むしろ相手の痛みに寄り添って物事を考えられるというのは、素晴らしいことだ。しかし、心理的ショックの多い情報に無防備にさらされて、心のバランスを保てなくなっては元も子もない。
「イヤなものにわざわざ自分から晒される必要なんてなくない?」
 悪いニュースは目につきやすい。マスコミはキャッチーなトピックを取り上げる。結果として人は世の中は悪くなりつつあると感じる。統計で見ると全く逆で、よくなりつつあるというのに、だ。そんな中、SNSやネットニュースでは正義という果実を貪りたい匿名の奴らが寄ってたかってしたり顔で呟く。「私が見ている赤が、あなたが見ている赤とは限らない」のだから、立場が違えば、正義も違うのに。そんな正義なんかクソ食らえだ。
「大切なのは、目の前の現実でしょ?」
「確かに。でも、たまたま目に入ってくることもあるだろ?」
「もうそれは、たまたま道端のガムを踏んじまったって思うしかない」
 真理だ。
 他人の噛み捨てたガムを踏んだときの何とも言えない忌々しさとおぞましさ、後味の悪さ。
何より靴底にへばりつくガムは、落ちている場所を選ばない。
「そもそも悪意のある言葉を並べたりわざわざ発信したりする人は、シアワセじゃない」
「それも真理だな」
 すとんと腑に落ちた。本当に幸せな人は、他人に悪意をぶつけたりしないだろう。
 では自分は幸せかと問われると、臆面もなく幸せだと答えられるほどでもないが、他人に悪意をぶつけなくては収まらないほど不幸でもない。
 ガムを踏むのは不運だが、不幸ではない。
 流川は言葉数こそ少ないが、こいつはこいつなりに色々と考えているんだよなーーなんてことをぼんやりと考えていると、目の前が急に真っ暗になった。
「る、か……」
「先輩、昨日考え事しててウワノソラだったでしょ? だから」
 もう一回ーー。
 最後の言葉は、甘い吐息とともにかき消された。
「サカってんじゃねーよ、ばーか」
 言いながら、三井の身体はベッドにゆっくりと沈んでいく。

 大切なのは、目の前の現実。
 幸せの物差しは人によって違うけれど、そんな当たり前でつい見逃してしまいそうなことを平然と言い切れる流川と一緒に居られる自分は、やっぱり幸せ者なのかもしれない。
 このままずっと一緒にいられたらいいなーーなんて、ガラでもないことを考えてしまった自分に思わず苦笑しつつ、そんな自分を訝しげな様子で見つめる年下の恋人の顔をゆっくり引き寄せると、三井は優しく口付けた。

 シアワセだな、と思った。

<fin.>