他校の先輩と後輩。
同大学バスケ部の先輩と後輩。
ここまで来た。
少しだけ、距離は近付いた。
あともう一歩、どうしたらあなたに届くだろう。
*
「ーーだからさ、アイツに“さすがマネージャー。気がきくな”って褒めたらさ、“別に、マネージャーだからやったわけじゃないよ?”って言われたんだよな。どう思う?」
まだ日中の暑さが残る部活の帰り道、迫っているのは夜の闇だけではないことに気づく。
どう思うも何も。
「うーん。三井さんって、案外モテるんですね」
「案外は余計だっつーの! まぁ別に深い意味はないか? アイツのことだし」
あなたは特別。
面と向かってそうい言われているのにも関わらず、当の本人はイマイチ理解できていないようだ。高校時代から周囲への気配りや洞察力には長けているイメージだったので、色恋沙汰にもさぞ聡いのだろうと思いきや、意外や意外。実は疎いのだと知って、胸をなでおろす自分もどうかしていると思う。
「そういえば、俺も前に似たようなこと言われましたよ?」
「やっぱり? そうだよなーアイツ、みんなに同じようなこと言ってるだけだよな?」
ハハハと笑い、コンビニで買ったばかりの冷えたポカリスエットをゴグゴクと半分ほど一気に流し込むと、「オマエもちゃんと水分とっておけよ?」と残りを手渡される。
男同士だし、回し飲みくらい当たり前か。
わざわざここで断るのもおかしいし、受け取ったその先端に口をつけ、一気に飲み干した。「ホラ、やっぱり喉乾いてたじゃねーか」そう言って叩かれた肩は一気に熱を持ち、火傷するくらい熱い。普段からこの人は、やたら水分補給にうるさい。そういえば高校時代、初めて対戦した公式戦でぶっ倒れてたっけ。
いつからだろう?
自分は、この人に尊敬とは違う特別な感情を抱いている。こんなタイミングでバラしてごめんなさい。心の中でそっと、部内で紅一点の先輩マネージャーに詫びる。
やたら馴れ馴れしい態度に入部早々辟易して嫌悪感を露わにした仙道に、彼女は必要以上に近づいては来ない。けれどこの場で彼女のことをわざわざ話したのは、彼女が小出しにしている三井への想いを隠すため。
ーーどうか、このまま二人がすれ違って終わりますように。
まるで映画のワンシーンのように、ペットボトルを片手に夜空を見上げて願う。すっかり暗くなり、ぽつぽつと街灯の明かりが照らす道のりを歩きながら。
「それじゃ、お疲れ。仙道は週末の暑気払い、参加するのか?」
「三井さんは行くんですか?」
「俺らは幹事学年だし、絶対参加だって言われたからなー」
そんなことを言われたら、もう。
一次会だけなら、と返事をして家路についた。
*
「三井と仙道、同じ方面だろ? 一緒にマネージャーも送ってってやれよ」
飲み会が終わり、ぞろぞろと店から出たところでそんな声がかかるが、余計なお世話ですとは言えずに三人で駅の方へと歩き出す。
駅までの道中、ほろ酔いで饒舌になった彼女の口から、「仙道はその髪の毛どうやってセットしてるの? 睫毛長くて羨ましい」「仙道の色気にあてられた」なんて言葉が出てくるたびに、三井がさらりと聞き流すのが少し意外だった。
「終電、間に合ってよかったですね。俺は隣の駅なんですけど、先輩はどこで降りるんですか?」
本当は電車なんか乗らなくても歩いて帰れる距離なのだが、どうしても二人だけで帰したくはなかった。それなのに。
「私は三井と最寄駅が一緒なんだよね。ちゃんとウチまで送ってよ?」
「ハァ? だってお前ンチと改札逆じゃねーか」
めんどくせ、と吐き捨てる三井に、すかさず彼女は言葉を重ねる。
「こんな遅い時間に女の子を一人で歩かせるなんて、最低だと思いまーす」
「ほんっと、お前さぁ」
「ね? 仙道もそう思うよね?」
まさか、二人が同じ駅とは。
なんともいえない感情を決してオモテには出さないように、仙道は何も答えず、ニッコリと笑った。
まばらに空席の目立つ電車がホームに入って来て、ドアが開くと同時に乗客が次々と降りてくる。「ほら、早く乗れよ」と横からせっついた三井の肘に「もう、痛いってば」と笑いながら、彼女の華奢な指が触れる。自分とは違う、パステルカラーに彩られた指の先。
それ以上見ていられなくて、思わず視線を逸らした。
きっとこのまま彼女の家まで送ったら、「今日は泊まっていきなよ」と声がかかるのだろう。
ーーー嫌だ。
彼女に続いて三井の片足が電車のドアを跨いだ瞬間、咄嗟に腕を引いた。
「うわ、どうしたんだよ仙道」
「すみません、俺たちはここで失礼します。気をつけて帰ってくださいね、先輩」
目を丸くした彼女が必死に何か言っているが、閉まってしまったドアのせいでほとんど何も聞こえない。呆気にとられた三井とその腕を掴んで離さない仙道をホームに残して、電車はそのまま遠ざかっていく。
「……なんだよ? 俺と二次会したいわけ?」
「いや、すみません。あの……」
「どうすんだよ? さっきの終電だぜ?」
そう言いながらも、三井の顔に怒りや焦りの色は伺えず、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
なんでそんなに平然としていられるんですか?
その余裕が、なぜか無性に腹立たしい。だからかもしれない。
とりあえず改札出てタクシー掴まえるか、と言いかけた三井をそのままぐいと引き寄せると、一気にその唇を塞いだ。
なぜこんな突拍子も無い行動に出たのか自分でもわからない。それでも自然と身体が動いてしまったのだから、仕方がない。ぴたりと重なり合った唇が離れていった後、黙って俯く。
「……アイツと帰ってほしくなかったんだ?」
「そんなところです」
「アイツとのこと、気になる?」
「そっちこそ」
そう言って顔を見合わせると、三井はプハっと吹き出し、いたずらっぽい笑顔を見せた。
「俺の勝ち」
「え?」
「こっそり賭けてた。俺がアイツと終電に乗るのをお前が引き止めるかどうか」
「……もし、引きとめなかったら?」
「そしたら、普通にアイツを送ってから自分ンチに帰るつもりだったけど?」
そうだ。
彼女の家に泊まる以外の選択肢だっていくらでもあったはずなのに。何を一人で焦っていたのだろう? 急に恥ずかしくなった仙道が何も言えずにいると、三井はシャツの丸首に指をかけ、引き寄せられた唇と唇が再び触れ合う。そのまま上唇を優しく吸い上げられると、味わったことのない気持ち良さに胸が締め付けられ、伏せていた仙道の睫毛が震えた。
「……三井、さ」
「さっきのお返し」
ーー終電逃したんだから、お前ンチ泊まらせろよ?
すっかり暗くなった改札を抜けると、耳元に唇を這わせてそう言われ、仙道は黙って頷いた。
*
「ーーアイツ、本当はお前狙いだったの。嫉妬深い恋人がいるから下手に手を出さない方がいいかも、って勝手に嘘ついてごめんな?」
三井にそう言われたのは、ふたりで寝るには窮屈すぎるシングルベッドの上で、長い長い夜を明かした後だった。